あとがき30 奥書の1945:相田二郎写「書札次第」
本ブログ初の、奥書記事である。
相田二郎(あいだ, にろう, 1897-1945)は東京帝国大学史料編纂官の中世史家、古文書学者であり、佐藤進一の師匠格としても知られる。惜しくも終戦間近に夭逝したが、もし戦後も生きのびていれば、黒板勝美・辻善之助亡き後の史料編纂所を支える存在となっただろう。
史料編纂所には、遺族から寄贈された相田二郎の臨写本がいくつか収められている。昔の学者は、みずから筆をとって現物そっくりの写本を作ることができたのだ。
相田二郎書写本のなかに非常に印象的な奥書を発見したので紹介したい。書名は「書札次第」、底本は内閣文庫本という*1室町将軍の書札礼を記した書物である。画像は史料編纂所が公開しているので、そちらも参照してほしい。
昭和二十年四月廿七日起筆、本所架蔵図書長野県下ヘ疎開搬出作業廿九日ヨリ始マリ五月二日終ル、コノ間余暇ニ書写ノ功ヲ遂グ、五月二日史料編纂 所ニ於テ録記ス
おりしも大戦最末期、東京大空襲でも幸い無傷だった史料編纂所は、貴重な史
資料を疎開させるため急ピッチで作業を進めていた。そのなかで相田二郎はこの写本を作っていたのである。編纂所が内閣文庫から借りていた史料を、公務とは別に写していたのだろう。激務のなかでも、墨付全37丁を写 すのに1週間ほどしかかかっていない。私にはわからないが、写本作りはそんなスピードでできるのだろうか?
そしてこの奥書を書いた翌月(6月22日)、疎開先の長野県で病にかかり、突如相田二郎は没する。享年49歳。死する年に出るはずであった原稿は、戦後、門人や元同輩の尽力により、大著『日本の古文書』上下巻として岩波書店から発刊された。