あとがき19 模倣と妄補:江戸川乱歩著、宮崎駿カラー口絵『幽霊塔』(岩波書店、2015年)
宮崎駿が長編映画製作を引退するといってからはや2年。
三鷹の森ジブリ美術館で「幽霊塔へようこそ展」がはじまった(2015年5月30日(土)~2016年5月(予定))。
それにあわせ、江戸川乱歩『幽霊塔』に宮崎駿が描きおろした展示の解説パネルをカラー口絵として収録した新装版が出た。
16ページのカラー口絵は「ぼくの幽霊塔」と銘打っているが、「ぼく」(宮崎駿)にいたる『幽霊塔』の文化史としてとてもよい。
まとめると、
・アリス・M・ウィリアムスンが『灰色の女(A Woman in Grey)』を著す。
・黒岩涙香がこれを(無許可で)翻案し『幽霊塔』を書く。
・江戸川乱歩が涙香版をさらに翻案し『幽霊塔』を書く。
・宮崎駿が乱歩版に影響されて『カリオストロの城』を創る。
というように、『幽霊塔』はかわるがわる翻案され、19世紀から受け継がれてきたのだ。
ワシは子供の時に乱歩本で種をまかれた。妄想はふくらんで、画工になってからカリオストロの城をつくったんだ。
わしらは大きな流れの中にいるんだ。その流れは大洪水の中でもとぎれずに流れているのだ。
- 作者: A.M.ウィリアムスン,A.M. Williamson,中島賢二
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2008/02
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 19回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
国立国会図書館デジタルコレクション - 幽霊塔 : 奇中奇談. 前
コリンズ「白衣の女」、コナン・ドイル「ホームズ」、ウィリアムスン、チェーホフ、漱石、涙香、ルブラン「ルパン」、乱歩の名前が浮かぶ大河を見下ろしながら、宮崎駿は述懐する。
自らがこの「模倣の連鎖」のなかにいたことを発見するのが、第一のおもしろさだ。
だがおもしろいのはこれだけではない。『幽霊塔』が各時代で模倣されるとき、実はいろいろな要素が勝手につけたされているのだ。これは書誌学でいう「妄補(モウホ)」に近い。『幽霊塔』の歴史は、「模倣」だけでなく、「妄補」の歴史でもあった。宮崎駿のカラー口絵でもそれが強く意識されている。
たとえば、
・『灰色の女』では、財宝のある部屋は天井と床のあいだの隠し部屋にあったが、
・涙香版ではそれが地下室となり、
・乱歩版ではさらにそれが地下の大迷宮となった。
・また最近のマンガ乃木坂太郎版でも、「地下の大迷宮」要素が受け継がれている。
本来の原作にはなかった地下室が妄補された結果、たいへん創造的な連鎖がうまれたのだ。
そして、宮崎駿はこの「妄補の連鎖」のなかにも名を連ねている。
乱歩版ではおもしろくないと、カラー口絵では自分なりの幽霊塔の構造を嬉々として描き、「映画にするならこの位の方がイイと思う」と別の時計もつけたして、ついには「ボクならこうします」と冒頭シーンの絵コンテまで切ってしまう。コマの外で「えいがはつくりません」と書いているが、よくいうぜジジイ…!
妄想じゃ
と『雑想ノート』以来の遁辞をそえているが、みな期待しているのはこの「妄想」なのだ。この「妄想」を積みかさねて形にしたものを、もう一度みせてほしいと思う。