あとがき愛読党ブログ

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あとがき27 バブル期の日本人がどれだけバグってたか見てほしい: 叢書「思想の海へ [解放と変革]」刊行のことば(社会評論社、1989)

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 自分は中高生のころ岩波文庫の末尾にある岩波茂雄の(実は三木清の草なんだって)「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」が好きで好きで、何度も読み返して、「読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる。」の文に動かされ、「うおお買わなきゃ」と書店に走り、「携帯に便にして価格の低きを最主とす」の言に化されて、新たな文庫本をわざわざポケットにねじ込んだりしたものだった。

 それはさておき、この「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」にせよ、○○文庫や○○新書などシリーズものの「刊行のことば」は、版元の意気込みとともに、図らずも時代を映す鏡になっていることが多い。岩波文庫なら、円本の流行と戦前の教養主義を、青版岩波新書(1949)なら敗戦後の民主化を、というように。

 今回紹介するのは、1989年、バブル真っ盛りに書かれた叢書の「刊行のことば」だ。社会評論社という出版社があった。今でもある。このとき創設20周年ということで、「思想の海へ [解放と変革]」全31巻という一大叢書を企画した、ということだ。ともかく、バブル期のバグった感じが全面に出ているので、見てほしい。

刊行のことば

 江戸期から昭和・戦後期まで三百年間、日本人自身が時代の最先端において手作りしてきた〈生ける思想〉の集大成(アンソロジー)をおとどけします。
 私たちは何者であったのか? この世紀末に何者であるのか? 二一世紀に向けて私たちは何者になろうとするのか?
 ジャパン・アズ・ナンバーワンの極頂に立って、虚空に向けてジャンプしなければならないすべての日本人に、この“聖歌”をリレーします。
 未来に向かって漕ぎ戻れ、この滾滾たる思想の水脈を!七色の虹(レインボー)を二一世紀の宇宙に架けよう!江戸は黄(イエロー)、明治・大正は橙(オレンジ)、文化は藍(インディゴ)、反天皇制は赤(レッド)、フェミニズムは紫(パープル)、周辺は緑(グリーン)、昭和は青(ブルー)……
 虹立ちぬ、いざ生きやめも!
 ポスト昭和の到来を画する、気鋭の編集・スタッフによる巨大な紙碑(モニュメント)。現代のシャープなズーム・アップ。社会評論社二十年にわたる蓄積を世に問う記念出版。
 世紀末危機のただなか、二一世紀へと向けて、思想を持たなければ生きられない時代が到来します。私たちの一人ひとりが自らを解き放たなければならない、生き方を変えなければならない。この近過去の日本人自身の結晶を〈生ける糧〉として。
 一九八九年十月

 

 たいへん険しいものがある。エズラ・ヴォーゲルにもこの気持ちを分けてあげたい。

 ちなみにこの叢書は、近世・近代日本の思想的な文章をテーマごとに集めたアンソロジーで、各巻のタイトルも、『島々は花綵―ヤポネシア弧は物語る―』(25巻)、『方法の革命=感性の解放―徳川の平和(パックス・トクガワナ)の弁証法―』(2巻)、『フェミニズム繚乱―冬の時代への烽火―』(23巻)あたりは通底する言語センスを感じる(なお巻によって、内容の出来不出来の差はけっこうあるらしい)。

 以上の「刊行のことば」をツイッター上で放流したところ、それなりに反響があった。

 やはり80年代ニッポンのノリはこんなんだったらしい。

 また、このころ話題になっていた、メティ(笑)こと経済産業省が直々に作った「日本の伝統的な価値観をまとめたコンセプトブック」であるところの『世界が驚くニッポン!』が、「日本スゴイ!」の共通点から連想・比較されることも多かったようだ。

  ご指摘の通りで、官製「日本スゴイ」がこの味を出せるとは思えないし、この「刊行のことば」からは、なにかを咀嚼し内面化しないと出ない凄みがある。

 ちなみにこの叢書の徳をひとつ挙げておくなら、予定していた全31巻が、すべて刊行されていること(NDL-OPACで調べた限り)―これは素直にスゴイ!と言いたい。