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あとがき1 歴史小説家と歴史家:『豊田武著作集第6巻 中世の武士団』(吉川弘文館、1982年)

豊田武(1910~1980)といえば、長く東北大の教授を勤めた大歴史家。8巻組の著作集がある。この豊田武、かの吉川英治と旅行したことがあるという。

 

吉川英治のエッセイ「吉川英治 随筆 私本太平記」曰く、それは1958年の5月下旬のこと。『私本・太平記』連載中の吉川英治楠木正成ゆかりの河内旅行するとき、豊田武も同行したのだという。そうなったいきさつは不明。

 

 

豊田武は武士団研究の大家でもある。旅行中も地形をもとに領主としての楠木正成について解説したらしい。また、小説を書く上で豊田武の論文も参考にしたようだ。

 

おもしろいのは、豊田武側からもこの旅行が振りかえられている点だ。『豊田武著作集第6巻 中世の武士団』(吉川弘文館、1982年)の「あとがき」(編者による執筆)によれば、

 

昭和三十三年の五月ごろ、豊田先生は、楠木正成関係の資料調査のため関西に出かけられた。この時、先生と行を共にしていたのが、『新・平家物語』や『私本・太平記』の著者、吉川英治氏だった。とある史跡にさしかかったとき、先生は突然、吉川氏が「あァ、この景色の中に一人、女を立たせてみたいものだなあ」とつぶやいているのを耳にした。この瞬間、先生は卒然として、これまでの多くの歴史家たちが、日本歴史の舞台裏を支えつづけた女性たちの存在を、それほど無視してきたかを悟られたという(…)

 

この正成関係史跡旅行を経験してのち―昭和三十八年に発表された『武士団と村落』には、いわゆる社会経済史的論文の水準を大きく抜け出し、高群逸枝氏の女性史研究の成果などをも積極的にとり入れていくいくあらたな構想が示されていた。

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むろん、信憑性はよくわからないし、これだけで、豊田武の学問に吉川英治が影響を与えたことを証明できるわけではない。同様に、吉川英治の大著作が、豊田武ぬきで成り立たなかったわけでもないだろう。

 

ただ、学者と作家が、刺激と影響を受けたと互いに公言しあう、よい関係が築かれていたことが重要だと私は思う。